LOGINカルチアの遺跡。
遺跡の入り口で、今まさにトワは息絶えようとしていた。壊れた壁に背中をつけて尻餅をついている。
遺跡にはどうしてか雨が降っている。だから暑くは無い。暑さデバフも無い。だけど先ほどサソリモンスターとの戦闘の際、尻尾に刺されてしまった。猛毒がトワのHPをドクドクと削っている。身体が緑色に染まっていた。デスペナルティが目前だった。
(ちくしょう……俺は、死ぬのか?)
砂漠の町に来たところまでは良かった。
トワはすぐに服屋へ行った。ラグナシアの民族衣装、エバグルは暑さデバフを無効化するらしい。トワはエバグルを作るために、素材モンスターが出るこの遺跡に足を運んでいた。道具屋からはポーションを買い込んできていた。だけどちくしょう、解毒剤を買い忘れちまった。
:トワさん、大丈夫!?
:死んだなこれは……。
まぶたが重い。
視界がだんだんと暗くなっていく。
空を見上げる。
カルチアの遺跡。 遺跡の入り口で、今まさにトワは息絶えようとしていた。壊れた壁に背中をつけて尻餅をついている。 遺跡にはどうしてか雨が降っている。だから暑くは無い。暑さデバフも無い。だけど先ほどサソリモンスターとの戦闘の際、尻尾に刺されてしまった。猛毒がトワのHPをドクドクと削っている。身体が緑色に染まっていた。デスペナルティが目前だった。(ちくしょう……俺は、死ぬのか?) 砂漠の町に来たところまでは良かった。 トワはすぐに服屋へ行った。ラグナシアの民族衣装、エバグルは暑さデバフを無効化するらしい。トワはエバグルを作るために、素材モンスターが出るこの遺跡に足を運んでいた。道具屋からはポーションを買い込んできていた。だけどちくしょう、解毒剤を買い忘れちまった。:トワさん、大丈夫!?:死んだなこれは……。 まぶたが重い。 視界がだんだんと暗くなっていく。 空を見上げる。口を開くと、雨つぶが唇と舌をポタポタと叩いた。 どんよりとした曇り空は、今の自分の心を代弁してくれているかのようだ。 ……もう、身体が動かない。 目も見えなくなってきた。 ダメだ。 死んじまう。 せめて、死ぬ前に粋の良い男と出会いたかった! トワが目を閉じようとしたその時だ。 ひたひたという静かな足音が近くで止まった。ラクダの足音のようだ。「グオォー」と間の抜けた声を響かせている。それと同時に三人の人間の声が聞こえてきた。「ご主人様、ここが遺跡ですか?」「そうみたいだな」「雨が降っているさ! ここにガラボロスがいるってことだよな」:誰か来た!:通りすがりの方、トワさんを助けて! 男が二人、女が一人いるようだ。女の声は子供っぽい響きがした。三人がラクダから降りる物音がする。男の一人がラクダにここで待っているように告げた。ラクダたちがその場に
晴恋が裁縫のミニゲームに挑戦していた。 カラオケである。 彼女の右手にはマイクが出現していた。 ステータス画面からはJポップのような軽やかな演奏が流れている。晴恋は両手でマイクを握り、流れる歌詞を読みながらノリノリで歌った。事前に三度ほどお手本を聴いている。晴恋の美しいソプラノが響き渡った。それはまるで天使のささやき声のようであり。声には伸びがあり、それでいて低音も良く響く。高音はアイドルの声のようにキュンとくるものがあった。 ベルフラウはただただ感動していた。(晴恋にはこんな特技があったのね) 晴恋の周りにはたくさんの騎士たちが集まっていた。晴恋の歌にうっとりと聴き入っている。傷ついて寝そべっていた者も立ち上がっている。騎士たちはアイスの効果でHPが回復したようだった。暑さデバフも無効であり、HPが自然回復している。みんなが満タンだった。:美しい歌声ね。:晴恋のリアルの職業は歌手か?:良い声してるw やがて、一分間ほどの歌が終わる。 周りにいた人間たちが次々と拍手を送った。喝采が響く。キャルル丸もウキウキと足を踏みならしていた。 晴恋【裁縫評価B】『レザーで編まれた軽装鎧のスキンカード』を獲得 裁縫の素材は緑の旅人が提供してくれている。 ベルフラウはびっくりとした。(たったのB評価なの?) てっきりS評価が採れると思った。 晴恋は「くぷぷ」と笑い、出来上がったスキンカードを傷ついた兵士に渡す。 騎士は頭を恭しく下げた。「も、もらっても良いんですか? あ、ありがとうございます」「はい。大事に着てくださいね」「は、はい! 着てみても良いですか?」「大丈夫ですよ」「それでは!」 騎士がステータス画面からスキンカードを装着する。白い光に包まれた。それは茶色いレザー製の軽装鎧だった。騎士が再び低頭する。「これがあれば、ラズーアとまた戦えます!」「ぜひぜひ、頑張ってくださいね」「ありがとう、ありがとう」 そして。 それからも緑の旅人に服の裁縫素材を提供してもらい、晴恋は歌い続ける。やがて、傷ついていた騎士たち全員の服が新調された。晴恋は満足そうな顔で喉を撫でていた。 ベルフラウが声をかける。「晴恋、お疲れさま」「ベルちゃん、ありがとう。私、ちょっと喉に違和感があるかも」「すごく上手だ
出発する前。一度ログアウトをしてみんなが昼食を摂った。 ベルフラウたちは今、ラクダの背に揺られていた。 ラクダの静かな足音がひたひたと鳴っている。カラッとした空気が漂う砂漠の地面を真っ直ぐに進んでいた。左にはスナネコが砂地の穴から顔を出している。(あら、可愛いわね) スナネコは耳をピンと立てて、こちらの様子をしげしげと眺めていた。前足を舌で舐めてペロペロと顔を洗っている。その愛くるしい姿を眺めて、ベルフラウは口角が思わず上がった。 ラクダに乗っている人間は三人いた。前方の騎士が目的地へと案内してくれている。その後ろにはベルフラウ。左手にはキャルル丸にまたがる晴恋とアイギス。そして右手にはどうしてか朧月がいる。彼女はラクダの上で、酒を飲みながらウキウキと身体を揺らしていた。(なんでこの人がいるのかしら?) どうしてかついて来ている。 暇なのかもしれなかった。:朧月さんって、私知ってる。あのトップギルドのマスターだった人でしょ?:そのギルド、今はもう無くなりましたよね。:どうして朧月さんがここにいるw これからこのメンバーで交易道を塞ぐモンスターを退治しにいくのだった。団長のトウマと副団長のベルフラウがチームリーダーとなり、二手に分かれている。 ベルフラウはアイスポーションキャンディをちろちろと舐めていた。 それを見た朧月が羨ましそうな瞳を向ける。「ベルフラウさん、時に、そのアイス、わちきにも一つ分けておくんなんし」(何よ) ベルフラウが顔を向ける。「いいけど。あの、朧月さん。どうしてついて来ているのかしら?」「どうしてか、でありんすか? だって、これはゲームでありんしょう? わちきはゲームをプレイしているだけでありんす」「ふ、ふーん。まあ、クエストを手伝ってくれるのならありがたいけれど」 ベルフラウがステータス画面からアイスの製菓カードを出す。朧月に差し出した。彼女は受け取り、「オープン」と唱える。アイスをぺろりと
騎士団兵舎の前の砂地だった。 空からは太陽の紫外線が強烈に降り注いでいる。白い兵舎が眩しく照り返していた。馬屋で世話をしていた騎士たちが何事かと集まってきていた。騎士団長ユクルの後ろには騎士の人だかりができている。ベルフラウと朧月の決闘に注目していた。 乾いた風が吹いていた。ベルフラウのお姫様ドレスの裾がはらはらとなびいている。目の前にいる朧月の着物の裾もひらと揺れた。朧月には暑さデバフがかかっているようで、何もしなくてもHPがほんの少しずつ削れていく。だが酒ひょうたんをあおぐたびにHPは回復していた。どうやら酒には回復効果があるらしい。ベルフラウの後ろを仲間たちが扇状に囲んで見守っていた。 朧月がベルフラウにフレンド申請をした。彼女は承認する。フレンド項目から決闘がスタートされる。:これは見物だな。:ベルお姉様、応援しております!:我らのベル様は砂漠でも輝いておられる。まるで一輪の花のようだ。 緊張感が腹に重くのしかかっていた。(……朧月ってこの女の人、やけに威圧感があるわね) ベルフラウは左手のひらを掲げて唱える。「メイクアップ」 小さな丸い手鏡が生まれて虹色の光を放った。ベルフラウの化粧のノリが上昇すると共にアジリティが上がる。心が落ち着いた。 朧月が酒をごくごくとまた飲んだ。ぷはーと息をする。色っぽい流し目のような視線を送った。「時に、ベルフラウさん。ぬしさん、酒は好きでありんす?」「……お酒? 好きだけど、それがどうかしたの?」「そうかそうか。酒は良いものでありんすねぇ。それなら今度、わちきと一杯やりんしょう」 ベルフラウはやりにくそうに首をかしげた。「貴方、いま私と決闘中よ?」「ああ、そう言えばそうでありんした。では、ぬしさん……どこからでもかかってきなんし」「貴方……やる気あるの?」「ありんす。わちきの儚
ラグナシアの騎士団駐屯地。 砂地の上に騎士たちの兵舎が建ち並んでいる。建物はやはりレンガ造りであり、屋根や壁は白く塗られていた。だだっ広い訓練場ではラクダや馬に乗った騎士たちが槍で戦闘訓練を行っている。歩兵たちも木剣を持って地稽古を行っていた。50mほど離れた的に向かって矢を放つ弓兵。正確に射貫く腕前は壮観である。馬屋ではラクダと馬が水を飲んでいる光景があった。世話係の騎士が「水は貴重なんだから大切に飲めよ」と声をかける。ラクダは「グォォー」と不満そうな鳴き声を響かせていた。がぶがぶと水を飲んでいる。ここにも水不足は深刻な影響を及ぼしているようだ。 騎士につれられてトウマたちがやってくると、兵舎前では諍いが起こっていた。二人の人間が戦っている。片方はすらりと背が高く金髪碧眼だった。白い騎士服の袖には黄金の三本線が入っている。胸元にはラクダ柄の刺繍。風格からしておそらく騎士団長だ。 もう片方の女はこの砂漠に全くそぐわなかった。和風の打ち掛けの着物であり、胸元と肩が大きく露出している。大ぶりの胸に色香が漂っていた。伊達兵庫髷の黒髪にはお団子のかんざしが刺さっている。肌はおしろいが塗られたように真っ白だった。まるで花魁である。長いキセルの武器を巧みに振り回し、騎士団長に襲いかかっている。その左手には酒ひょうたんが握られており、戦いながらごくごくと飲んでいる。白い頬がほんのりと赤く染まっていた。 二人のHPMPバーを見る。 騎士団長の名前はユクル、NPCだ。 花魁姿の女の名前は朧月、プレイヤーである。:おい、遊女がいるぞw:どうしてこんなところに花魁がいるの?:この人見たことある! キセルと剣が衝突して鈍い音が立つ。 朧月が甲高い声を震わせる。「おーほっほっほ。弱い、弱いでありんすー。ぬしさんの剣はカメのようにのろいでござりんす。ほれほれ、このままわちきが殺しなんすぅ」「もうやめろ! 俺は戦う気などない!」「では、わちきと枕を交わしておくんなし。それが叶わぬのなら、今すぐ殺しんす」
製菓できるアイスクリームは三種類だった。 そのうちの一つ、アイスポーションキャンディをベルフラウがダンスで量産してくれた。 Sランクアイスポーションキャンディの効果。 HP回復(大)。暑さ無効。暑さデバフ無効。快適度上昇(大)。効果時間、2時間。(画期的すぎる) トウマはペロペロと舐めていた。身体に染み入る美味さだ。若干薬臭いのは仕方ないだろう。:アイスキャンディはずるいw:ポーション味ってそれ美味しいの?:美味しさよりも涼しさじゃないか? 余談だが、これまでの三週間の間に、ギルドメンバー全員がノーファン村で初心者の包丁を獲得している。みんなが料理機能を解放させていた。 小さなオアシスを出発し、みんなで砂漠をまた歩いていた。小さな砂丘を上がったり下ったりした。直射日光がじりじりと照りつけている。だけど暑くない。汗も出てこない。体力をとられることも無かった。アイスの効果が肌を守ってくれている。身体がひんやりと涼しかった。快適である。晴恋とアイギスは相変わらずキャルル丸の背中に乗っていたが、今度は背筋を伸ばしていた。歩行スピードは上がっており、砂地をさくさくと踏みしめている。みんながアイスを舐めている。ウミがふんふんと鼻歌を歌っていた。「ふんふんふーん、もう暑くありませんよー」「助かったわ、ウミちゃん」 ベルフラウが微笑して金髪のボブカットを揺らす。アイスをかじってぽりぽりとかみ砕いた。 ウミは得意げに胸を張った。「猫は役に立つですぅ」「本当ね。偉いわ」「これからもどんどん良い行いをするですぅ」「うんうん」「きゃるるぅっ」 キャルル丸がつぶらな瞳を細めてアイスをバリバリと頬張っている。尻尾が嬉しそうに振動していた。 それからも数十分ほど歩いた。 遠くに町の影が見えてくる。広い穴をナツメヤシがぐるっと囲んでいる。その周囲には日干しレンガで出来た家々がたくさん建っていた。背の高い教会があり、つるされている銀色の鐘がテカテカと輝いている。鐘の上にはサバクヒタキの鳥がちょこんと乗っかっていた。:ラグナシアの町へようこそw:結婚式場がありますよ!:エロいナイトダンスバーもあるぞw どうやら次の町に着いたようだ。 だがトウマは眉をひそめた。(あの広い穴は、オアシスじゃないのか?) 周囲にナツメヤシが立っていることからして、
ゴーレムを倒し終えると、ノーファンの村へと二人は転移した。 辺りには木造りの民家が立ち並んでいる。遠くを見ると森や山があった。地面は土。その道路で、トウマとウミは隣り合って佇んでいた。 「普通の村だな」「そのようですね」「とりあえず、狩り場に行くついでに、村を見て回ってみるか」「はぁい!」 二人で並んで歩き出す。 すぐに他プレイヤーの姿があった。 横切っていく通行人。その顔色は明らかに沈んでいた。他にも座り込んでいる女性がいた。壁にもたれかかっている男。空を見上げている魔法使いふう。誰もが死んだ魚のような目をしている。 異変に気づいたウミが声をひそめてつぶやく。不安に揺れ
ロッジのような一室。木造りの天井と丸太で出来た壁。そこのベッドにユウマは腰掛けていた。 ここがゲームの中らしい。 顔の前にはステータス画面のような半透明の青いボードが浮かんでいる。 システム音声が響いた。 「プレイヤー様。VALORIUMオンラインの世界へようこそ!」 「あ、はい」 「まず、プレイヤー名を決めてください」 「トウマで頼む」 彼の本名は冬野悠馬である。 「トウマ、その名前は使用できます」 「良かった」 「次にゲーム内職業を選んでください」 画面には様々な種類のジョブが並んだ。 そして右上には特別コード入力の文字。そこをタップして、暗記し
ログネストの玄関は広い空間になっている。背の高い天井。タイル敷きの綺麗な床。 しかし、空気は息苦しいほど重かった。 今も、通路からドリンクを汲みに来た利用客がある。ちらりと振り返ると、寝ていないような疲れた顔をしていた。 ふと隣には男性店員に連れられた太り気味の客がやってきた。太り気味の客は男性店員に頭を下げて大声を出す。 「待ってください! あと五時間、五時間プレイできれば、ヴァルを払えそうなんです!」「お客様、すでに退室の時間でございます」 (……ヴァル?) 背中に鳥肌が立つのを感じながらユウマはカウンターに向き直る。 茶色い受付台を挟んで、ユウマの前には女性店員が立って
それは、どこにでもある小さな“シアワセ”だった。 朝。寝息を立てているユウマの肩に、妻が優しく手を置く。 「ユウマ、起きて起きて」「むにゃむにゃ、もっと寝てたい」「駄目。会社に行く時間よ」「ぐぐー、ん、朝?」 瞳を開く。目の前には妻の優しい笑顔があった。ユウマはダブルベッドから上半身を起こし、右手を口元に掲げて大あくびをする。 「ふわあ」「あら、大きなあくびですこと」「朝食は?」「出来ています。着替えて、ダイニングへ来てくださいな」「ああ、分かった」 クスッと笑って妻が部屋を出て行く。スリッパの足音が遠ざかって行った。 ユウマはベッドから出て支度をする。ワイシャ